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> No.6426[元記事へ]
ウイリアムさんへのお返事です。
私は一日10本程度の喫煙者ですが、死ぬまで禁煙するつもりはありません。
この件に関してオピニオン誌諸君に投稿したことがあるのでその一部を下記に転載します。
なお、タバコの死亡率に関しては統計的な有意差は認められてはいてもタバコの死亡率との
科学的な因果関係はいまだに立証されてはいないことを付記しておきます。
「嫌煙ヒステリー」
まず最初にこの題名は落合信彦氏著「もっともっとアメリカ」の中の一節を借用したものであることをお断りしておく。
文芸春秋社刊「諸君2月号」で「編集会議」とやらいう雑誌編集長の花田紀凱なる人物が千代田区の禁煙条例制定を手放しで称賛していた。
文頭でいきなりこうだ。
「もはや、彼らに良識、マナーなど求めるだけムダだ。いくら言ったって分からない奴には分からない。」
到底まともな言論人の論評とは思えない傲慢な言い草である。
私は60年来の愛煙家だから、千代田区の禁煙条例はあまり歓迎出来ないが、どこへ行こうとポイ捨てや歩きながら喫煙などは避けている。
嫌煙者に出来るだけ迷惑をかけないように努力しているつもりだが、嫌煙ヒステリー論者はそれすら許せないらしい。
千代田区の罰金2000円は安すぎる、10万円にすれば区内での喫煙は撲滅出来るとアホなことをのたもうていた。
バカな奴だ、仮に罰金10万円となったらどうなる。
区内の愛煙家はトイレなどに隠れて秘かに喫煙するに決まってる。
その昔、メンスの上がったオバハン達が売春防止法制定に狂奔した。
その結果売春が根絶したと思っている人が一人でもいるのか。
私は売春防止法を裏売春奨励法と読み替えているくらいだ。
通信傍受法を盗聴法と勝手に読み替えることが許される時代風潮なのだから、売防法を売春奨励法と読み替えても許されるだろう。
公娼制度が健在である外国は多いそうだが、我が国で売防法施行以後は遊郭など全廃させられたから、立ちんぼと称する私娼が急増した。
その結果保健所などが公然と衛生検査などできなくなり、性病増殖に役立ったとさえ言われている。
あるアホが、「石原都知事様、千代田区にならって都内全域に禁煙条例を制定して下さい」などと投書しているのを見た。
次は禁煙法制定運動がスタートするかもしれない。
そうなったらどうなる。
筒井康隆のブラックユーモア小説にあるが、日本たばこ会社の社員は全員失職して家族が路頭に迷う。
細々と経営している煙草小売店が閉店、続いて嫌煙暴徒が煙草店襲撃、喫煙者の自宅が次々と焼き討ちされる。
そして20世紀初頭のアメリカ禁煙法時代の如く暴力団の効率的な資金源として闇煙草製造会社が大繁盛するだろう。
それでも暴徒の襲撃が続き喫煙者は減らざるを得ない。
最後に残った愛煙家2名が家を追われ、行き場がなくなって東京タワーの頂上まで逃げ込む。
回りを取り囲んだ大群衆が「あと二人、あと二人」の大合唱に混乱した一人はタワーから墜落して即死、大合唱が「あと一人」に変わった。
最後に残った唯一の愛煙家がもはやこれまでと諦めたところへ、動物保護団体の宣伝カーがやってきた。
「現在の我が国に残されたただ一人の喫煙家は貴重な生物ですから、保護しましょう」とマイクで大音声をあげた。
以上が、筒井康隆氏のブラックユーモア小説の梗概。
狂的な嫌煙家であるらしい花田なる人物は短い文章で喫煙者に対する卑猥な罵詈雑言をよくそこまでと思われるほど書き連ねているが、私は彼に反問したい。
「オマエが好きな食べ物をキライになれと言われたらキライになれるのか」と。
いくら言って聞かせたって分からない奴には分からない。
喫煙は健康に良くないと言われており、統計的には肺ガン発生率は喫煙者のほうが禁煙者より高いことは事実だが、医学的、科学的に喫煙=肺ガン発生という因果関係は立証されてはいないと聞く。
その証拠というわけではないが永年の愛煙家で100歳以上の長寿をまっとうしている人はいくらでもいるのだ。
健康に悪いというならば、ふぐ料理のほうがよほど危険だ。
これは常に中毒死の危険が伴っているのだから、第一に健康安全を期するならばふぐ料理賞味を禁止し、ふぐ料理店営業許可を取り消さなくてはなるまい。
煙草を吸って即死したという例は寡聞にして私は聞いたことがない。
嫌煙者が他の人の吸う煙草の煙をいやがることは理解出来るから、他人に対しての配慮が必要だという主張は納得出来る。
だから煙害に対しての厳しい規制ならば賛成する。
しかし千代田区内全域での禁煙とはいかがなものか。
鉄道の駅の各所に設置してある喫煙所程度の設備を準備すれば済むことではないのか。
最近利用度が激減した公衆電話ボックスの転用など考えればよいことだ。
落合信彦氏の著書ではアメリカで1970年代ころに突然嫌煙ヒステリーの風潮が発生し、それが日本へ輸出された経過が詳述されているが、私も突然嫌煙権なるものが登場してきたときは不審に思ったものだった。
ある日突然、それまでは喫煙自由だった航空機内に喫煙席と禁煙席が分離され、レストランでも禁煙席が急増してきた。
愛煙家の私でもこれは仕方ないと諦めたが、ここまではゆるせる。
明らかに嫌煙ヒステリーと思われる風潮が過激化し、全店内禁煙の食堂が出てきたり、広いレストランでも喫煙席皆無のところも出現してきた。
タクシーにも時々禁煙タクシーがある。
しかしそれらに共通しているのは店外に禁煙表示が出されていないことだ。
店内に入ってテーブルに灰皿が置かれていないから、この店は禁煙なのだなとやっと気付いた時は遅い。
タクシーも乗ってみたら車内に禁煙のラベルが貼ってあったりする。
これは詐欺行為だと思った。
禁煙を規定するならば店外あるいは車外の客に事前にわかるように義務づけるべきだ。
私はレストランなどに入ってみて、すべてのテーブルに灰皿皆無であることを発見すると、即刻引き返して他のレストランを探すことにしている。
タクシーはこうはいかない。
乗ってしまってから禁煙タクシーであることに気付いても即刻降りるというわけにもいかず、降りたとしても料金は請求されるだろうから、ガマンするしかない。
愛煙家が最もたのしみとしているのは満ち足りた食事の後の一服の心地よさだが、喫煙を嗜まない人達には分かるはずもないだろう。
私の亡母は60歳ころまでは専業主婦として絶対に酒や煙草を嗜むことがなかったが、60歳を過ぎ、私を含む5人の子供たち全員が独立して老夫婦のみの暮らしとなったころから、僅かに梅酒やビールを飲み、また食後の喫煙を楽しみとするようになった。
時々訪れる私はその都度煙草一箱を母にプレゼントしたが、一箱の煙草で四日間くらいはもつと言っていたから一日平均4〜5本程度の喫煙量だったはずだ。
老いた母が食事の後にゆっくりと紫煙を漂わせ、いかにも満足げに「食事のあとのタバコは美味しいものだねえ。」と呟いていた言葉を印象深く記憶している。
私は食事の後だけでなく、仕事疲れを癒すためや難問に直面して迷っているときなどに一服の喫煙で精神安定に役立たせることも少なくはないのだ。
だから、マリワナやコカインなどの麻薬を嗜む気は皆無だが、煙草だけは如何に攻撃されようとやめる意志はない。
禁煙法が施行されたら暴力団経営の闇煙草会社の良き顧客になるだろうことは疑いもない。
煙草を嗜まない家内が始終禁煙を勧めるが、いつも私はこう答えている。
「オレは始終禁煙してるじゃないか。昨日だって20回も禁煙したんだ。」
ジョークの理解出来ない家内はふくれっ面だが、私は意に介しない。
私の親友でかつ飲み友達がいる。
彼とは始終飲みにいくがある日突然、彼が禁煙宣言した。
ところが、次回に一緒に飲みにいったところで私がポケットから煙草を一本取り出したとたんに「ワリイけど一本くれないか」である。
私は驚いて「オマエ、禁煙したんじゃなかったのか」
「煙草を買うのをやめたんだ。吸うのはやめた覚えがない。」
ここで彼の名誉のために弁明しておこう。
彼は決してケチで煙草をたかっているのではない。
その証拠に飲み終わった時には必ず素早く伝票を掴み、サッと支払いをすませてしまうのが通例なのだ。
「ワリカンでいこうよ」
という私の提案はいつも無視される。
「煙草をゴチになったことだし、この払いくらいまかせとけ。」と、こんな具合だ。
かなり前の話だが掛かり付けの診療所医師に半強制的に大病院での健康診断を指示されたことがあった。
気乗りはしなかったが、医師の紹介状を持参して指定日に半日がかりの検査を受けた。
約2週間後、指定された日時に私は検査結果の説明を受けるために再びその病院に行った。
懸念していたとおり検査時同様、2時間も待たされ、やっと名前を呼ばれて診療室に入り初対面の担当医に会った。
彼は私の検査資料をパラパラとめくっただけで
「血圧も年齢相応だし、まずまずのようですな。
ところで貴方、タバコを吸いますか。」
「ええ、永年嗜んでます。」
「では、たった今から禁煙しなさい。もしも今ポケットにタバコが入っているならばただちに捨てることです。そうしないと貴方は間違いなく5年以内に死にますよ。
ところで、一日に何本くらい吸っていますか。」
「だいたい一日一箱ですから、まあ平均的な喫煙量かと思っています。
それに私は煙草に火をつけても一口か二口吸っただけでもみ消してしまっていますから、実質的な喫煙量は10本もないと思っているのです。
それをさらに減らすくらいならば、努力できないこともないかも知れませんが・・・。」
「ダメです。節煙くらいでは効果がありません。完全に禁煙しなくてはなりません。」
呆れて返事も出来ない私を無視して、その医師は上司である大病院院長の悪口をしゃべりまくっていた。
それから約8年経過しているが、私はまだ生きているから、その医師は単なる嫌煙ヒステリーの一人だったとしか思えない。
また、別な話だが、メルマガ開設に関心があった私はネットで無料メルマガ提供サイトを発見してその内容を読んで驚いた。
メルマガ参加者の条件として
(1)喫煙を美化し、或いは肯定する者
(2)戦争を美化し、或いは肯定する者
は、このメルマガの参加資格無しと決めつけているのだ。
無視すれば良かったが、余りにも不愉快な条件なので私はサイト管理者宛にメール送信した。
「私は喫煙や戦争を美化するつもりなど毛頭ないが、喫煙者が存在し、または地球上に戦争が存在している現状を否定することなど出来ないから、このメルマガの参加資格なしと自認しています。」
と送信したのだった。
30分も経ないうちに返信があった。
戦争については一言も触れていなかったが、喫煙者への弾劾は極めて過激な発言にあふれたものだった。
「喫煙者はすべてマナー知らずの人間であり、マナーの良い喫煙者に出会ったことがないのが証拠だ」
との稚拙な主張だった。
「当たり前だ。マナーの良い喫煙者がアンタの前になんか出てくるはずもないじゃないか。」
と反論しようかとも考えたが、こんなアホ相手に論争してもムダだから無視した。
愛煙家を汚い言葉で罵った花田紀凱なる人物は貴誌掲載写真で見てもいかにも神経質で陰険そうな人相をしているから、文筆家らしからぬ言葉使いも当然だと思われたが、彼の用語にならうならば、嫌煙家なんてとんでもない。
単なる煙草嫌いのエゴイストであり、他の人への思いやりなど皆無のキチガイと呼べ。
と言って反論しておこう。
いずれにせよ、私は声高に嫌煙を叫ぶヒステリーの輩が嫌いだから、反対陣営からは嫌嫌煙ヒステリー一派と罵倒されるかもしれないが、致し方ないだろう。
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