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フォローアップ

 投稿者:おかじまメール  投稿日:2009年 8月31日(月)00時39分41秒
  ファブリーズさんも書いているように,定期的なセルフ行動療法は必要ですね。
今まで,OCDの方のための定期的な集団療法を行ってきませんでしたが,個別のカウンセリングよりもどうも集団の方が役立つような気がします。月例会がその場になっている人はいいのですが,フォローアップも兼ねたOCD集団療法を開催していこうと考えました。お近くの方はお問い合わせください。9月はとりあえず最終月曜午後3時から2時間を設定しました。参加者が増えれば第2と第4などと予定を立てていこうかと思います。初回のテーマは加害恐怖。もちろん,どんな恐怖をお持ちの方も参加可能ですが,テーマがあった方がいいかなと思いました。
最近,私はパニック障害の集団行動療法を行っています。2時間で5250円です。OCDも同じようにしたいと思いますが,土日集中プログラム前に行っている金曜日の集団教育プログラムと混同しやすい名前しか思いつかないので困っています。
 
 

踏んじゃった&お風呂

 投稿者:ファブリーズメール  投稿日:2009年 8月25日(火)17時37分29秒
  自転車で病院の行きがけに犬の糞踏んでしまった。
自宅の自転車置いている場所は草が膝近くまで伸びている。
嫌だけど耐える。ジーパンも洗わない。

元旦とお盆、父の実家でお風呂に入ることになったのですが、必ず一番風呂だったのですが流石にそれは出来ず入った。数年ぶりに湯船に浸かり気持ち良かったが、アカやゴミがががが・・・。洗ったあとはシャワーは使わず湯船のお湯を使って流す。上がる前にシャワーも我慢した。人が入ったお風呂はまだ抵抗あります。従兄弟(50歳ぐらいかな?)相変わらず私に向かってオナラをしてきます。
 

なごやメンタルクリニックで集団治療を受けた体験談

 投稿者:Ontsanメール  投稿日:2009年 7月28日(火)23時34分42秒
  私は7/24~26に原井先生や岡嶋先生によるなごやメンタルクリニックにおける3日間集中の集団治療に参加しました。私の症状は社会不安障害(SAD)でした。参加者の方々はOCDとSADの方の両方がありました。みなさん親切でやさしくて例外なく魅力的な方々でした。楽しかったです。

治療は集団でクリニックの内と外の両方で行いました。
クリニック内での原井先生による治療法などの説明や治療は絶妙でした。
原井先生の話には説明以外の部分でも雑談してるときでも、随所に参考になることばがあってたいへん勉強になりました。ERP以外にもいろんな知識が得られました。

外については名古屋駅周辺や名古屋駅地下街などへ行きました。
外では私は恥さらしのエクスポージャを行いました。
地下街では変態のやることをやって警備員の方を呼ばれそうになりました。
そのくらいの恥さらしもたくさんしました。恥をかかないと良くならないので、仕方なくやりました。怖いことから逃げるのじゃなく、受け入れてなるべく自分がどんどん怖くなるようにしました。

今は治療参加から5日目ですが、参加する前の最高レベルの恐怖や不安が半分から1/3くらいになりました。今は家の外に出て今までできなかったことをやるようにしています。

原井先生・岡嶋先生はじめ治療者の方々と、集団治療の参加者の方々、どうもありがとうございました。
 

トイレから呼び出し

 投稿者:チョコメール  投稿日:2009年 7月18日(土)16時25分22秒
  今日、2階のトイレにいる母から、大声で呼び出された。
「ねえちゃーん!!」 必死な張り上げるような声 早くして!という感じが伝わってくる。
もうっ、何なの?と思い移動すると

トイレットペーパー持ってきて! とのこと。

なるほどね。

ふと、昔の自分を思い出しました。大声で、早く来て!と家族をトイレに呼び、
そこで、まだかまだかと待っていた時のことを(笑)

何かあれば、
おかあさーん、靴下持ってきて!(トイレの汚れ外に出さないため、汚れた靴下はトイレの中に脱ぎ棄て、新しい靴下をはいてトイレから脱出)

気になることあり、変な体勢で我慢しているときは、その場でまた家族を呼ぶ。
あれ持ってきて!これをこうして! ちがう! どうしてそうするの!? もうっ、やりなおし!
それは、こっちにおいて、そう、
そう、そこっ、そうそう、よしっ、そこ、ちがう! もう!そこ、もう一回拭いておいて。。
と家族に命令。。。

そして。。
「これどうするの?」と母、
『それはまた洗濯』と私。
「もうっ、これまだ汚れてない、どうしてまた洗濯なの?」

そして、早くー、早くしてーと自分は動けないものだから、口だけ達者でした。

そして、ホッとすれば うん、いいよーありがとう、お母さん上手♪ と、とても調子のよい私(-_-)。

今日は、ちょっとの用で呼び出されただけで、もう、何?と思った私。。
以前の私って、呼び出される側からすれば、こんな感じだったんだなぁと思い、
また、そんなこともあったなぁとふと懐かしく思いだされました。
 

就職についてと「完治とは」の補足

 投稿者:アラワンメール  投稿日:2009年 7月11日(土)12時11分21秒
  この未曾有の就職難の時代に叔父のコネで仕事を始められたのは我ことながらズルいハナシです。 (図書館で借りていまは手元にないので正確ではないですが、松田道雄が小児科医になれたのは代々医者の家系で父もそうだったからで「ルール違反」をしているような後ろめたさがあったというようなことを吐露してました。) しかも、十月の基本情報までは、こちらの勉強を最優先にさせてもらえるという。それで、いまのところは週に一回しか出社してません。

しかし、昨日はまたまたタイヘンでした。午前中はデスクトップでひたすらマウスをクリック、クリックでしたが、よく分からないことが多く思い通りに作業が完了せず。雇い主からみればコストパフォーマンス悪すぎの勤務内容だったと思います。午後からは「現場」に機材を運ぶのを手伝いましたが、これがけっこうしんどかった。現場に到着してからもいろいろ大変だったのですが (そもそも運びさえすればいいと安請け合いしてしまったのが甘かった) 、 OCD 的なことをとりあげると、ヘルメットをかぶることになったのですが、そのヘルメットの内側に私の頭の脂汗がべっとりとついてしまいました、でも、もう、し~らないっと。

* * *

行動療法に通暁されてないと思しき斯界の大先生風の方をして「すごいことやったね、誰もができることじゃないよ」といわせしめるほどのエクスポージャーを実行できたことは、不潔恐怖系 OCD 患者としての私の矜持です (はつらつ) 。ただし、それも原井先生と岡嶋先生のサポートがあればこそで、独力ではほとんど絶対的に無理でした (しおしお) 。

ところで、私は完治したといっている人を一人だけ存じております。その人も不潔恐怖系だったと思いますが、認知行動療法なぞというものは一般に知られていない時代に罹り、森田療法で治ったそうです。いまは認知行動療法を熱心に研究なさっています。その人にオフラインでお会いできたこともあり、そのとき行動療法の専門書を見せていただきましたが、とくに「小口」の部分が手垢で真っ黒になっていて、ナルホドたしかに完治されているんだなーと OCD 的にミョーに感心したことでした。しかし、その後、その人のおっしゃることでどうにも納得できないことがいくつもあったので (まあ、当方も隠し事をして相談したのがいけなかったのですが) 、いまは当方からは絶交しています (不寛容ですね) 。

ちなみに、私の大事な本たちもエクスポージャーのおかげで「汚染」されてしまいましたが、見た目には相変わらずかなりキレイだったりします。地域生活支援センターの仲間にそのうちの一冊を見せたとき、「読んでないじゃん?」とかいわれたほどです。それと、私は本に線を引いたり書き込みすることが嫌です。だから、学習の能率が悪いのかなー。
 

完治とは

 投稿者:アラワンメール  投稿日:2009年 7月 8日(水)21時38分53秒
  私は雑念や注意散漫のせいで人の話が頭に入ってきにくいのですが、一旦入ってしまうとうだうだくよくよといつまでもその話を引きずるという性質があるようです (概念化された自己) 。ただし、その入ってきた話も正確には覚えていないのですが……。

六、七月の東京の会に (半ば自業自得で余裕がなくなって) 参加しませんでしたが、五月に参加したときのことです。ある人が「完全に治った人に会ったことがない」といいました。それを受けて、私は「私も完全に治ったとはいえずいまでも苦しいことがあるが、ただ生活には支障がないくらいまでは回復した」といいました (自分自身の発言すら正確に覚えていない) 。すると、別の人に「完全に治ることを考えること自体強迫的なので、もしこの場に原井先生がいたらそのような発言にはストップかけたところだ」といわれました。後日気がつきましたが、その根拠は100%完治は有り得ないのですか?@OCDの不潔恐怖における原井先生のご回答にあると思われます。

強迫にまつわる精神的苦痛や不安、強迫観念などがほとんど生じないことをもって「完治」とみなすなら、そんな日は自分という現象が消滅するまで来ないでしょう。しかし、再三にこだわるようですが、原井先生の書評についての下の四行が心底分かっていてかつ行動にも現れている人は「完治した」人とみなせないのでしょうか。

いま、私が気になることは、『強迫性障害を自宅で治そう!』 (初版 1 刷) の 231 ページの 5 行目からの 3 行です。 (12 月の行動療法研修会でデモ患者として健常者でさえ顔をしかめるようなエクスポージャーを行ったのに、それでも「恐るべき状況の一部」にすぎなかったのか!? >自分)

(一方で、「基本情報」の勉強はそれなりにはかどってきています。)
 

七夕♪

 投稿者:ヨシメール  投稿日:2009年 7月 6日(月)22時12分0秒
  仕事帰り、ふと夜空を見上げると、きれいなお月さんがみえました。
明日は、7月7日七夕なんですよね(^^)
短冊に、なんて書きましょうかね。なに書きますか?
僕は、「プリンを二つ食べたい!」です。。小さな幸せです。。
 

アニータ叔母さん

 投稿者:アラワンメール  投稿日:2009年 6月23日(火)21時39分14秒
  涵養は寛容を辞書で引いたら隣りにあったので、しゃれでつかってみました。

さて、投稿したあとに『ワークブック』の第 9 章をたまたま読み返していたら、「 (偏屈な) アニータ叔母さんをこころから歓迎する」という比喩があって (p.179) 、アッと思いました。私が今回気づいた「寛容」は別の角度からみるとこの「歓迎」になるのではないかと。 (この本を二回読んだはずなのに忘れていました。また、「エクササイズ」をほとんどやれていません。でも、このアニータ叔母さんの話、ここだけ読んでもおもしろいので、おすすめです。)

アニータ叔母さんで思い出しましたが、 Amazon.co.jp のカスタマーレビューで「アニータおばさんが、食事とかをぐちゃぐちゃにして、皿を割り、参加者を平気で傷つけるような人だったらどうするのか?」という疑問を呈している人がいましたね。それには p.175 の下から 7 行目

<<もちろん、誰かから虐待を受けているときに、「虐待のアクセプタンス」は必要ありません。ここで必要になるのは、「あなたが今、苦痛の中にいること、その苦痛を伴う記憶があること」そして、「虐待に抵抗することへの恐怖、つまり虐待に「ノー」と言うことへの恐怖」をすべてアクセプトすることです。>>

あたりが回答になっているんじゃないかと。
 

私も

 投稿者:チョコメール  投稿日:2009年 6月22日(月)22時34分38秒
  寛容の精神を涵養したいです。
涵養(かんよう)-水が自然に染み込むように、無理をしないでゆっくりと養い育てること。

と、↑ 日本語単語力なしの私は調べちゃいました。

こんな私がいました。
人間関係で、腹が立つことがあり、それ(嫌な感じ・嫌な状態)を除こうと思考をめぐらし、あれこれ画策する。
まるで嫌な強迫観念を取り除こうとするかのように。

その時は、腹が立っている自分を受け入れる(許す)必要がありました。そこで一つ楽になりました。
残念ながら、それだけでは落ち着けませんでしたが。。。(^^;

寛容さ、そのままを受け入れる、自分にも他の人にも、そうでありたいです。
活動範囲が広がると、その機会も増えることでしょう。私もその壁にぶつかっています。
 

寛容の精神を涵養したい

 投稿者:アラワンメール  投稿日:2009年 6月22日(月)19時28分50秒
  活動範囲が拡がればそれだけ「厭」な目に会うことも増えるわけで……。いま私が厭だと感じてしまうのは「不寛容」です。

たとえば、ウチの父はテレビを見ながら「つまらんな」「くっだらないねー」「ヒドイねー」「こいつ悪い野郎だ」などといいまくってます。ほかにも「イヤだねー」とか「おかしいんじゃないの」とか「みーんなちゃんとやらないよ」とかが口ぐせです。ただし、幸いにも私はいまはあまり非難されません。コドモのころはひたすら怒られながら育ちました、そのわりには怒られるのに慣れていないけれど。

この例は活動範囲の拡がりとは関係ありませんね。でも、世の中には他人の「失敗」「過失」や「非常識」などをなじる人はゴマンといます。だから、父がこの件に関していい「エクスポージャー」になっていると捉えれば、「不幸」にはつながらないですむでしょう。

しかし、テレビの向うの人ならまだしも、この間は近所の人の過失にまで「不注意にもホドがある」「どうかしてる」くどくど、あんまりいうので、とうとう私もカッとなって「俺にいわないでくれよ。おとうさんが他人を非難ばっかりするの厭なんだよ。俺だっていつどえらい失敗をするか知れたもんじゃないんだから」といいはなってしまいました。そしたら「話すことがなくなる」「おまえも気にするねー」と返してきたので「病気だからしょうがない。じゃあ、また薬をのむようにするよ」といってしまいました。すると「そうか、ごめんな。」

そういえば、仏文学者の渡辺一夫が「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」という問いをたてて苦渋の思考ののちに「否」という結論に達したという話をかつて読んだことがいまごろになって思い出されました。渡辺の著作を読んでないので正確には分りませんが、いま思うに渡辺のいうところの寛容は超越的であるということでしょうか。たとえば、渡辺のこの結論を非現実的だと否定的に批判する人がいますが、そういう「批判」にも当然に寛容である……。とにかく、私は、まだまだ、先に書いたようなありさまで、ぜんぜんシュギョウがたりない。(が、そんな現在完了形の自分自身にたいしてもまた寛容……。)

「かんよう【寛容】心が寛大で、よく人を受けいれること。過失をとがめだてせず、人を許すこと。」 (『岩波国語辞典』)
# ただし、受けいれてもいいなりにはならないのは、強迫観念と同様かと。
 

入院で何が一番問題か?

 投稿者:デスパ妻メール  投稿日:2009年 6月18日(木)10時56分54秒
  明日は、菊池病院の受診です。
明後日は、大分の病院に入院です。強迫ではなく、別の病気で。
入院が近づくと、何が嫌か。
手術の成功も不安、病気の状態も不安。
でも、家を離れ、掃除とゴミ出しができないのが一番頭をもたげることが自分でわかった。
なぜなら、私がルールをもって掃除もゴミ出しもするから。儀式ですね。
不潔恐怖が私を襲う。
主人が入院中休みをとれるので、主人がすることになるだろうが、その仕方が私にとっては問題なわけで。
彼に儀式を強要しないようにしなければとは・・・思っている。

強迫のうえに、別の病気が頭をもたげたとき、強迫からの解放が得られる気もする。
不潔恐怖を少しだけでも治すチャンスを、神は与えてくれたのだろうか。

自分はなんでこんなにたくさん病気にかかるのだろう。
自分を保つのに少し疲れた。
限界点につかづいているようだ。

昨夜、ためしてガッテン!でうつのことをやっていた。
子供は鬱に効くお薬のきぐるみがかわいいとはしゃぐ。
主人はパキシルがでてるよ!と明るく私に報告する。
二人がテレビを見るところを眺めながら、私は病気だけど、幸せ者だと、ふと感じた。
 

あたりまえだけど仕事ってたいへんだ

 投稿者:アラワンメール  投稿日:2009年 6月16日(火)21時02分36秒
  一月くらい前に、私が快復したことを知った叔父が仕事を手伝ってみないかといってきました。自信がまったくなかったので、まずは見学させてもらっていました。

しかし、今日、とうとう報酬がでる作業をしてしまいました。といっても、まだ手本を示してもらって、それをまねるというだけ。ただし、作業量が膨大で、また、定型からはずれる作業も多く、なれないこともあって、今日一日ではとてもそのやりかたをマスターできませんでした。

疲労コンパイルなので、風呂にも入らず、このあとスグ寝ます。

しかし、強迫で苦しむよりは 100 万倍マシです。いや、まだ、不潔関係で苦痛を感じちゃうことがあるんですけど、こないだ書いたとおり、馴化しようがしまいが、です。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」 (『方丈記』)
 

あたりまえ

 投稿者:ピコメール  投稿日:2009年 6月12日(金)22時13分16秒
   あたりまえの中に幸せを感じる。
普通の出来事を幸せと感じることができる。

まさにそのとおりです。
また、日々薄皮もむける。
 

なにげない日々

 投稿者:さやえんどうメール  投稿日:2009年 6月12日(金)19時31分3秒
   この間、娘と、キュウリとゴーヤと花の種を蒔きました。今まではこんな時間を味わうことなどありませんでした。今までの私は観念ばかりに惑わされて、自分のことしか考えることができませんでした。なんだか幸せの時間がゆっくり流れているようです。
 私は強迫性障害になって、本当のしあわせを見つけることができた気がします。
何気なく過ごせる日々がとてもうれしく思います。太陽が東から昇り西に沈むように、あたりまえのことが、あたりまえのように行動できる、そんな普通の出来事をしあわせと感じられるようになりました。
そんな、なにげない日々を送っています。
 

眠いけど

 投稿者:mike3メール  投稿日:2009年 6月10日(水)20時21分57秒
  最近、異常に眠いです。朝起きた瞬間から眠いです。確かに2年前も眠かったなあ。でもその時とは違うことがあります。その時は、眠いけど眠れない、睡眠薬を服用しても眠れませんでした。今は眠いから眠れる、睡眠薬を服用しないでも眠れます。正反対だけど、確かに生活のリズムも正反対です。完全な昼型人間。眠くて眠るのは当たり前のことかもしれませんが、その当たり前のことができるのは、自分の中ではすっごく大きいことです!あ、でも、儀式はちょっとあります。ちょっとだけ?だと思うけど?!どうかなぁ。  

こわかったベランダへ

 投稿者:あきメール  投稿日:2009年 6月 9日(火)21時11分20秒
  ベランダはハトがいっぱい飛んでくるのでこわかったのに、
はじめて洗たくを干しました。
最初は嫌だったけどベランダに出てみると以外に大丈夫でした。
でも、干すのに一時間かかってしまいました。
だから、これからもちょっとずつ手伝いをしていこうと思いました。
 

ももさんへ

 投稿者:ピコメール  投稿日:2009年 6月 9日(火)14時23分5秒
  敢えてルール破ります
 「ももさんへ」このような書き込みも「控えましょう」になってたはずですが・・・

ももさんへ
誰にでも間違い勘違いがあります
それが人間
ただ それに気づいたら そこで直せばいいだけのこと
責任を取るということはそういうことと思っています
深く考えることはありません

行動療法は「間違え大歓迎」なはず・・・
   「間違える」それは行動した結果
   「間違え」を恥じることはありません
 次はなるべく「間違え」を減らすようにすればいいだけですよ

ももさんの考えで勇気もらった人いますよ
是非 書き込み続けて 悪戦苦闘 奮闘振りを書ける範囲で教えてください

ここに書き込まなくても多くの人が読んでいます

ももさんが勇気を持って自分の間違いを書き込みされた
それだけで十分お詫びになっていますよ
少なくても私には届いています
もっと言うなら「お詫び」なんて必要ない
今までのようにというと管理人さんに叱られるので ルールを守るように努力して
書き込みをしてください
読ませてください

お願いします

ピコより

管理人さん

  ルール破りごめんなさい

 すばらしい ももさんをなくしたくないですので・・・
 

ピコさんへ

 投稿者:ももメール  投稿日:2009年 6月 9日(火)13時24分49秒
  ピコさんの初めに書き込まれていた内容は、すべて、理解しています。
「行動」が一番大事なことも、同じく思います。
「私の思いが、間違いだ」は、私ですね。
私は、言葉足らずな人間です。
よく、ピコさんのように、違って伝わってしまします。
お許しください。
ピコさんの言う事は、全部、理解できています。
すごいなぁと思っています。
私は、まだまだ、「治る」まで、いっていません。
主人も、「うつ病」になりました。
子供も、精神的に、普通じゃないところがあります。
自分の病気より、家族の方が心配なのは、誰でも、同じでしょう。
けど、全部ひっくるめて、私の目指す方へ向かっています。
病気を治すことなんか、ただの通過地点で、もっと、もっと、大きなものに向かっています。
ピコさんは、みんなが苦しんでいるを読んで、何かしてあげたいけど、治療者じゃないから、出来ないって、私も同じ考えです。
治すのは、本人の努力とほんの少しの先生の手助け。
ピコさんは、それをよ~く知っているから、掲示板をじょうずに使っているのかなぁ~と思いました。
私は、ピコさんに腹を立てたのは、何も知らなかったからです。
ルールも知らなかったし、ピコさんの発言が、わたしの言葉足らずで、間違って伝わってしまうことも。
今、ピコさんを本当に尊敬しています。
私が、ピコさんまで、治ったら、家族の病気が治ったら、ピコさんあてに、掲示板に報告します。
いままで、生意気で、本当にすみませんでした。
今日からも、また、戦いの日々に挑戦します!
ありがとうございました。
 

みなさんへ

 投稿者:ももメール  投稿日:2009年 6月 9日(火)12時54分27秒
  全国のみなさん、本当に申し訳ありませんでした。
私は、掲示板を初めて、まだ、一ヶ月くらいです。
その間、みなさんに、嫌な想い、苦しい想いをさせてしまいました。
心から、申し訳なく思っております。
普通の掲示板と同じかと思っていました。
ルールを知りませんでした。
管理者の方からお叱りを受けました。

なにをもって、お詫びをしたら良いのかを考えました。
一番いいのは、掲示板には、もう、書き込まないことが、みなさんのお詫びとします。
いままで、ありがとうございました。
そして、ご迷惑を、本当にすみませんでした。
 

この病気

 投稿者:ピコメール  投稿日:2009年 6月 9日(火)12時38分52秒
  この病気は 日数が経過すれば治るというものでもないし
      薬だけ手術だけで治せるものではないと思っています
      今日 今からだって治すことができる

 他の病気と違うところは「自分で治す」というところだと思っています
 本人に「治す」という覚悟が不足していれば、それなりの結果でしかないと思います。
  窮地に立たされた自分を自覚し、そこから脱出する方法は「治す」ことしかないと覚悟をきめました。

 何処の病院がいいのやらわかりません
私は名古屋メンタルクリニックがぴったりと自分に合いました
先生方と取り巻く環境を作っていらっしゃる方々はすばらしい方と思っています。
 

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