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(無題)

 投稿者:まれびと  投稿日:2009年 9月24日(木)20時49分23秒
  >ノラさん
ありがとうございます。
最近はナカナカゆっくりPCに向かう時間もとれず、加えて「いろいろ勝手に書いているけど読んでくれている人は果たして面白いのかな」と思ったりすることなどもあり、ときには感想を頂くのは継続のささやかな励みになります。

廓遊びというのは江戸期には、いわば「行為」に至るまでにいろいろ段階っちゅうか、順序があって、その間のかけひきみたいなものも大事な要素であったように聞きます。いきなりぱくっとくわえてうわ〜みたいなのは(すみません)、だいたいが「野暮」であったわけですな。
もちろんかつての花街には「神遊び」の残滓がどことなくあったかも知れず・・・
歌舞の部分が「文化」にとられてしまって、遊女はいつしか「性的快楽」のためだけの対象となり、ファーストフードの如き「商品」となってしまった。

小浜はわたしも昔、嫁さんと二人でデートしたことがあります。お昼を食べたすし屋が安くて、ねたが厚くて、新鮮で、いまでもわが家の伝説です。
そのさらなる昔に越前は東尋坊からずっとバイクで海岸線を走りましたよ。敦賀に夜遅くについて、駅前のビジネスホテル山形に泊まって、飯屋を探しに夜の街へ出て行ったことをいまでもよく覚えています。
若狭をまわったときも感じましたが、あのあたりは歴史的にはやはり渡来系の文化が色濃くて、民俗学的にもとても興味深く面白いところですね。有名な東大寺お水取りの水も若狭から運んできますしね。

>こーたろ
大阪の琉球フェスティバルは、いま思い出してもいい顔ぶれでしたな、確かに。もいっかい、あんなコンサートを見たいな。

連休に一人旅とは、マサカ、別れたんじゃあるまいな!

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%81%AF%E5%BF%98%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84-DVD-%E5%90%89%E6%9D%91%E5%85%A

 

(無題)

 投稿者:ノラ  投稿日:2009年 9月24日(木)00時20分36秒
  うわっ、激しく文字化けしてしまいました。申し訳ありません。
では改めて・・・

昔の遊郭、花街は現在の風俗産業とは何か根本的に違う風情や情念のようなものが
感じられるような気がします。
荷風の「濹東綺譚」や先日CSで観た古い大映映画の「その夜は忘れない」、また
ロートレックが描いたパリの場末の娼婦たちの姿などが思い浮かびました。

>こうたろうさん
小浜に行かれたのですね。
ワタクシは福井県の出身(嶺北地方ですが)なので懐かしいです。
若狭地方は京都に近いこともあり古くから栄えた所で歴史を感じますね。
あと遅ればせながらご結婚されるそうで、おめでとうございます。

>まれびとさん
いつもいつもゴム消し楽しみに拝読しております。
相変わらず公私ともにお忙しそうですが、インフルエンザも流行ってますので
どうか御自愛を。
 

平城京跡

 投稿者:まれびと  投稿日:2009年 9月22日(火)21時39分55秒
  復元された大極殿も、ほぼ覆いが撤去された(今日)  

ビミョ〜に傾いている

 投稿者:まれびと  投稿日:2009年 9月22日(火)21時38分21秒
  鶴橋駅のホームから(昨日)  

小浜 遊郭跡 三丁町を歩く

 投稿者:まれびと  投稿日:2009年 9月21日(月)07時12分37秒
   

(無題)

 投稿者:こうたろう  投稿日:2009年 9月21日(月)00時20分42秒
  今日、東京の琉球フェスティバルを日比谷の野音で見てきた。
古謝美佐子さんや登川誠仁さんや大工哲弘さんらが出演していた。
ただ、大体皆3〜4曲くらいで終わってしまうので、欲を言えばこれらの人の唄をもっと聴きたかった。
思えば、数年前の大阪の琉球フェスは、ネーネーズや鳩間加奈子やりんけんバンドや下地勇などが出ていて、知名定男もいたりして豪華メンバーだったなと今さらながら思ってしまった。

おととい、昨日は、急に思い立って、天橋立や小浜を一人で旅する。
宿は夕日ヶ浦の温泉宿、海の前の宿はなかなかよかった。
小浜では偶然祭りをやっていて、時間がない中、山車や太鼓、獅子の舞などに見とれながら散策。
また、小浜にも昔遊郭だった地域があって、今は料亭などをやっているが、祭り囃子に誘われながら、町並みを歩き、昔ながらの建物を見て、大いに感動する。
 

西成暴動

 投稿者:まれびと  投稿日:2009年 9月12日(土)23時41分19秒
   

なぜ遊里に惹かれるか

 投稿者:まれびと  投稿日:2009年 9月12日(土)22時12分13秒
  場に宿っている「記憶」みたいなものがあるんだろうなあ、きっと。
つまりこと「性(セックス)」だけじゃなくて、そこには芝居だとか啖呵売だとか乞食巡礼だとか、「制度」からもれてしまう裸の人間味みたいなものが混在していて、その存在していた「記憶」にぼくらは惹かれるんじゃないだろうか。

江口でも貴族たちは船でやってきて、小舟を繰ってきた遊女たちはその貴族の船に乗り移って一夜を共にした。
その古い形を伝えていたのが瀬戸内のいわゆる「おちょろ舟」で、 赤線廃止令が施行される昭和33年まで現役だった。彼女たちは沖合いに停泊する漁船やタンカー船に乗り込んで、ときに繕い物などもする「一夜妻」となった。

こんど飛田の「鯛よし百番」、彼女といっしょにど〜ですか?

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0247020/top3.html

 

いいね

 投稿者:こうたろう  投稿日:2009年 9月12日(土)02時53分31秒
  なぜ、わたしは昔から赤線街に惹かれるのだろう。
飛田や松島、今里といった新地があるから大阪に惹かれる。
歌舞伎町の「おっぱいどう?」はちょっとなあ。
ああいういかにも今風の風俗は趣がちょっとね。
なので、地方の裏風俗を探すとぞくぞくしてしまう。
沖縄の住宅地にぽっかりとある社交街を見つけたときには興奮してしまった。
とにかく、今の風俗文化にはあまりそそられないので、ぜひとも昔ながらの妖艶な場所はなくならないで欲しい。それだけが望みです。
 

岐路に立つ街・飛田新地

 投稿者:まれびと  投稿日:2009年 9月10日(木)19時35分2秒
   

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