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全79件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  |  《前のページ |  次のページ》 

鱧の糟漬

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年12月20日(水)16時24分11秒
  食べました!鱧の糟漬け。板さんの絶妙なる技というか、腕に一同感嘆の声を上げることしばし、、、。この19日、恒例の豊前中津の黒田武士練習日でひと踊りした後、割烹丸清で忘年会。「豊前中津の黒田武士の歌」をご披露し、400年ぶりに復活した鱧の糟漬けを全員で味わった。なんともいえぬ舌触りであった。中津で一番鱧の骨切の名人(鱧は骨切の腕で味が天と地ほど変わる、是非骨切名人のいる店で味わうべし)といわれる丸清の板さんの腕とその技でもって漬けられた鱧は400年の時を経て今ここに蘇ったのだ。なんとも歴史的な瞬間に立ち会えたわけで感激もひとしおである。願わくは中津のすべての料理店がこの由緒ある鱧の糟漬けをマスターし中津の新しい名物料理として大いにPRして欲しいと思わずにはいられない。『これは戦国時代の名軍師黒田如水が秀吉の命を受けて、小田原城の北条氏を降伏させるべく単身小田原城へ乗り込んだとき持参した中津名物「鱧の糟漬け」です。どうぞ召し上がってください。』と言って東京、大阪をはじめ多くの方々へお土産としてお持ち戴ければ中津の宣伝になり、喜ばれること間違いなしである。名物に美味いものなしとよく言われるが、この鱧の糟漬けは「美味い!」。酒のつまみにもご飯のおかずにも合う。中津市民の方の絶大なるご協力をお願いしたい。また、旅行で中津へこられた方は「鱧のしゃぶしゃぶ」と共に「鱧の糟漬け」を是非味わって中津の良い思い出として頂ければ一市民としてうれしい限りです。旅行で中津へおいでの方へー前もってご連絡戴ければ(我々も仕事の合間に活動していますのですべてお受けできるとは限りませんが)鱧料理のお食事の時に「豊前中津の黒田武士の歴史」と「豊前中津の黒田武士の舞」を旅の思い出としてご披露できればと思っております。  

豊前中津の黒田武士の歌

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年12月18日(月)14時20分40秒
  豊前中津の黒田武士   作詞・作曲 松本達雄 編曲 加来伊津子

1.播州姫路に生を受け 戦国の世を駆け巡り 豊臣徳川望みたる 天下統一果たせしは
  黒田官兵衛、長政の 優れる智勇並ぶなし これぞ我等が嗚呼 豊前中津の黒田武士
2.文禄・慶長両役を  海を渡りて彼の国の 兵どもと戦して  勇猛果敢の槍捌き
  その名天下に鳴り響く黒田の二十四騎なり これぞ正しく嗚呼 豊前中津の黒田武士
3.酒は呑め呑め呑み取りし福島公の秘蔵なる 天下の名槍日本号 肩に担ぎて颯爽と    母里太兵衛は愛しきやし酒にてその名残したり これぞ真の嗚呼 豊前中津の黒田武士
4.風雲急を告げ来たる 天下分け目の関が原 黒田長政東軍を 勝利させたる大殊勲
  思わず家康 長政の 右手を取りて拝みたり これぞ誉れの嗚呼 豊前中津の黒田武士
  豊前中津時代の黒田武士の事を史実に沿って歌にしました。まだまだ歌詞に織り込みた  いことがたくさんありますがまた何時の日か歌にしたいと思っています。
 

鱧と豊前中津の黒田武士の歌

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年12月16日(土)15時51分4秒
  来る12月19日我々豊前中津の黒田武士を舞う会の今年最後の練習日である。その後、割烹丸清で忘年会。その時歴史が動く予定、、、、。なのだ。黒田官兵衛が小田原城の北条氏を降伏させるべく単身城内へのりこみ見事無血開城を果たしたとき、豊前海で獲れた鱧の粕漬け10本と酒2樽を手土産にした。その故事を400年ぶりに復活しようということで、鱧の粕漬けをこのときみなで味わうのだ。板さんには試行錯誤の上、当時中津の黒田武士が日常好んで食べていたように工夫して創ってもらう予定にしている。どんな鱧の粕漬けが出来上がるか楽しみである。それに加えてもうひとつのサプライズを用意した。なんと「豊前中津の黒田武士」の歌が出来たのである。作詞・作曲松本達雄、編曲加来伊津子の名コンビで完成した。当日みんなで歌う予定だ。これがまた勇ましく上品で品格のある優美な元気の出るお酒が美味しくなるしみじみとしたいい歌なのだ。多分有線で上位に選ばれること間違いなし!とは作者の思い入れもいいところだけれど、、、、。今は費用の関係でエレクトーンの伴奏しかつかないが我ながらレッドソックスの松阪並みに期待している。興味がある方は12月19日(火)夜8時からイトチユー2階で舞の練習の後、割烹丸清でご披露しますので見に来てください。先日播磨の黒田武士顕彰会の皆様より戴いた素晴らしく美味しいお酒も用意しています。  

黒田官兵衛生誕460年

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年12月 1日(金)00時18分51秒
  この11月29日は我らが黒田官兵衛生誕460年にあたる。播磨の黒田武士顕彰会の皆様にお会いする喜びを胸に、臼田キヨミ師匠と中津駅を発つ。途中小倉で仲上さんと合流した。お昼前姫路駅に着く。8月のお城まつりの時はとても暑かったが初冬の姫路の町は路上の枯葉が風に舞っていた。駅から歩いて本町ギャラリーに向かう。道幅も広くゆったりとした町並みは人々の心豊かな風土が長い歴史の中で育まれているように感じた。本町ギャラリーではお城まつりのスナップ写真が沢山展示されていて、我々中津の写っているものを購入した。昼食はイーグレ姫路の真正面に姫路城の見えるレストランでアナゴ釜飯定食を味わう。13時15分から3Fあいめっせホールで総会、14時から官兵衛フオーラムがあり紙芝居「黒田官兵衛物語」お城まつりのビデオ、その後パネルディスカッション「黒田官兵衛を語る」、最後に講談 旭堂南海師匠の「播磨の黒田官兵衛」と盛り沢山の催しだった。300人ちかくもの参加者で会場は熱気むんむんと言う感じで皆さん官兵衛が好きで好きでたまらない方たちであった。18時前から手柄灘菊酒造内の酒蔵を料亭にアレンジした会場で懇親会。神沢さん、新福さんたちが一生懸命会のお世話をされていた。播磨の黒田武士顕彰会が今後も益々大きなうねりを伴い多くの姫路の方々に官兵衛の偉業が喧伝され、愛されていって欲しいと思うものであります。豊前中津の会も播磨のパワーを戴いて負けない様に活動していかねばなりません。何時の日か黒田武士がNHKの大河ドラマに取り上げられる事を祈って又、次回播磨の皆さんとお会いできる日を楽しみに帰路に着いた。  

黒田官兵衛と鱧

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年11月22日(水)15時43分32秒
  天正18年(1590年)3月、秀吉は天下平定最後の仕事、北条氏政を降伏させるべく小田原城を攻めた。東海一の名城小田原城は怯まず篭城は百余日も続いた。様々な策を講じたがどれもうまく行かず途方にくれた秀吉は官兵衛に頼む。官兵衛は城主氏房に和睦勧告の手紙と共に陣中へ見舞いとして「酒2樽と粕漬の鱧10本」を贈った。その後小田原城に一人で乗り込んだ官兵衛による北条氏政への説得により戦は回避され開城する事になった。無駄な流血も無く多くの兵士の命を救った官兵衛の人間としての大きさに今更ながら敬服するものである。ここで中津市民にとって嬉しいのは官兵衛が鱧を10本陣中見舞いとして贈ったことだ。当時中津藩主としての日々、目の前の周防灘で獲れていた鱧を粕漬けにして小田原まで持参していったのだ。当時黒田の武士たちは日常からこの鱧を好んで食べていたということになる。益々鱧と黒田武士が中津にとって身近になったことに喜びにたえない。いま、中津市ではハモ音頭が市民の愛する踊りになっているが黒田武士の舞いも多くの市民に愛される郷土の宝物となって欲しいと切に思います。どうか心有る方は「ハモ音頭」と共に「豊前中津の黒田武士の舞」を一緒に育てていって欲しいと思うものであります。  

黒田如水生誕460年

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年11月15日(水)16時57分16秒
  このたび播磨の黒田武士顕彰会より黒田官兵衛生誕460年記念フオーラムへのご案内が来た。11月29日がその日になる。この8月5日に姫路城で催された黒田武士播磨里帰りパレード等のビデオ放映会や官兵衛を語るパネルディスカッション等盛りたくさんの催しでいっぱいです。折角のお誘いなのでできれば参加しようと思っています。まだまだ黒田武士には未知の史実が沢山あるのでいろんな方々にお聞きし中津時代の黒田武士のことを検証して行きたいと思っています。また、お城祭りのときにお世話になった皆さんにお会いできることを楽しみにしています。  

筑前黒崎宿場まつりに参加

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年10月 8日(日)21時55分43秒
  9月7日(土)中津黒田武士の一行は筑前黒崎宿場まつりに出演するために出かけた。黒田を縁とする生地姫路、中津、福岡そして今回は福岡52万石の出城の一つである黒崎である。地元の方々が黒田24騎の甲冑を復元し黒田の顕彰に活躍しておられるその努力に我々中津の市民として頭が下がる思いでいっぱいです。出演前の時間を利用して姫路の黒田武士顕彰会の皆さんと落ち合って、区内在住のの甲冑師福田さんを訪問。姫路の皆さんとは姫路お城まつりでお世話になって以来お会いするのをとても楽しみにしていましたのでお会いできたときは何か親戚にでも会ったような感じで嬉しかった。福田さんの自宅2階には自作の手作りによる黒田如水、長政、わが母里太兵衛をはじめ24騎、秀吉、清正、家康他有名な武将の兜がずらりと展示されてそれはそれは本当に見事な出来映えでした。溶接など一切されず忠実に文献や絵画を参考に再現され、全て鋼をたたいて作っていくという事です。福田さんのご好意で小野会長,松本俊、松本達は思わず母里太兵衛の兜を被らせてもらい記念撮影。何か戦国武将になった気分、病み付きになってしまいそうだ。姫路の方々も次々に被られとても楽しそうでした。名残惜しくも福田邸をあとに春日神社へ。事務局長の木村さん(黒崎LCのメンバー)の案内で4時から入魂式に出る。24騎の行列に続き我々中津藩の一行も参列し宮司のお払いを受け、玉串を捧げ宿場まつりの盛会を祈念した。その後いよいよ5時から出演だ。会場には立派なステージが設営され模擬屋台も沢山並び、観客もたくさんお見えになっていた。小野会長、松本達、そして女性軍4人の計6名、もう何回か舞っているので心おきなく舞えた。5時55分からは今回は最初ははも音頭組も一緒に出演するつもりでしたが、土曜日なので人数が集まらず急遽「豊前中津の女黒田武士」を出す事になった。黒田如水が中津13万8千石を秀吉から拝領し治めるべく中津の地に築城、城下町を縄張りした時、まず生地姫路そして京の都から商人や職人を呼び寄せ町作りの第一歩としました。それで中津に初めて姫路町、京町の二つの町が出来たのですが、その折たくさんの綺麗どころも一緒について来ました。その名残でしょうか今では中津は美人の多い町として有名です。今回の「女黒田武士」はそのきれいどころの名残をとどめた小野節、宇都宮、田中、そして臼田師範の四名により宵闇迫る黒崎宿の会場で優雅に舞い納められました。黒崎の市民の方々もその艶やかさに驚かれていた様子,大拍手が雪崩のようにいつまでも鳴り止みませんでした。「豊前中津の黒田武士の舞」に加えて新しく「豊前中津の女黒田武士」が誕生した瞬間でした。一同充実した思いを胸に帰路についた。6名の踊り子?さんそして運転をしてくれた松本俊L本当にご苦労様でした。愛する中津のアッピールを兼ねてのボランティァーですがいつか多くの中津市民の協力を得、実を結ぶ事を祈念しています。  

中津お城石垣まつり

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年 9月28日(木)22時13分49秒
  9月24日(日)第1回中津お城石垣まつりがお城下の河川敷公園で催された。黒田如水が初めて築城した中津城ですが石垣が黒田の時代を彷彿させます。「あのう積み」という独特の石垣作りで、そばを流れる県境の山国川の上流から大量の大石を運んできて作ったそうです。その素晴らしい石垣をバックにステージはセットされ、芝生が美しく張られた観客席は秋の爽やかな空気の中、出店が活気を呈し中々の雰囲気でした。将来は姫路のお城祭りのように整然と格調高い進行が出来たらと
期待しています。黒田武士の舞いはオープニング早々臼田師範、小野節、宇都宮、松島、田中、中尾の6名が日頃の練習の成果を十分に発揮し立派に舞い上げました。それだけでもうまつりが引き締まった様でした。皆さんお疲れ様でした。
 

筑前黒崎宿場まつり

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年 9月 8日(金)23時43分38秒
  姫路の黒田武士の館神沢館長さんより10月7,8日に筑前黒崎宿場まつりがありますが行かれませんかとのお誘いを受けたので早速連絡を取りましたところ、筑前黒崎黒田二十四騎保存会の皆さんより是非来てくださいとの嬉しいご案内を戴いた。黒崎は黒田52万石の6出城の中の一つで、黒田が城を築くところの地名が福崎であったのを福岡と改名したがその黒田の黒と福崎の崎をとり黒崎と名付けたそうです。そんな思いの深い黒田武士の縁の地、黒崎の宿場祭りに参加できる事に感謝。小野会長、臼田師範、松本俊昭L、をはじめ中津黒田武士の会の面々はみな喜んで行きましょうとの事でした。筑前黒崎二十四騎保存会には黒田二十四騎の甲冑を忠実に復元し黒田の顕彰に貢献しておられ、先日の姫路のお城祭りにもその甲冑が祭りを盛り上げられていて、とても素晴らしく、黒崎の町興しにも大いに貢献されている様子、中津にもそんな情熱が欲しいと思った事です。また、この度9月24日の中津城石垣まつり(黒田官兵衛の築いたあのう積の石垣ー九州最古の石垣)に中津黒田武士の会が招待され舞を披露しまつりに色を添える事になっています。開始早々の緊張の中でのご祝儀舞なので練習も一段と熱が入るところです。この素晴らしい中津の黒田武士の舞がもっと多くの皆さんに知って頂ければと思う次第です。  

姫路城お城祭り

 投稿者:松本達雄  投稿日:2006年 8月 6日(日)15時59分53秒
  8月4日、5日我々豊前中津の黒田武士顕彰会は姫路の播州黒田武士顕彰会のお誘いで、遠路姫路のお城祭りに行ってきました。小野会長、臼田師範、松本俊昭L、そして黒田武士を愛する会の面々。まず、15時17分新幹線にて姫路駅に降り立つと播州の方々がお迎えに出ていましたことに感激。その後神沢会長さんの「黒田武士の館」を見学の後、市内の黒田に縁のある史跡を数箇所案内していただいた。夕方からは前夜祭のなか、姫路城を背景にした薪能を会のご配慮で最前列で鑑賞した。小野会長はその時姫路市長のお迎えがあり、いろいろとお話をされ、中津市長によろしくとのメッセージをいただいた。その運営も真に見事で何しろ姫路城内の庭園ゆえに雰囲気は幽玄そのもの、多くの観光客が観客となって能の羽衣そして狂言の盆山、その後、薪の火入れ式があり、感動のうちに会場を後にした。夕食は播州の会の方々がセットしてくれてお互いの自己紹介やこのお城祭りにかける意気込みを語ってくれ大いに盛り上がった。こんなに大歓迎してくれて皆大感激の夕べであった。翌5日はいよいよ本番である。朝のうち姫路城の見学。坂道を登り天守閣までこの素晴らしい城を見学した。戦火にも会わず昔のままの姿で残っているのに感動する。汗をびっしょりかきながら本丸、西の丸を回り今回のひとつの目標を達成した。そしていよいよ出陣である。我々豊前中津の黒田武士の会は2時過ぎの出番なので着替えて野外ステージの後のテントの中で待機。なにしろ真夏の盛り、じっとしていても汗が滴り落ちて暑いのだ。さあ出番となった。前列小野、松本、臼田、後列松島、宇都宮、田中、小野と万全の配置。音楽の流れる前に中津のコマーシャルを司会の方に流してもらい勢いよく舞が始まった。顔をあげ前面を見上げるとそこに世界遺産の国宝姫路城が見える。思わず大感激しながら舞った。一番あけて中津鱧音頭の出番だ。ナレーションに「ふぐより美味い中津の鱧シャブを食べに来て」と姫路市民の方々に宣伝して、我々黒田武士の面々は見物席のほうに回り応援したがなんだか気分が高揚し思わず涙が滲んできたとても素晴らしいできばえで感動ものでした。後、黒田のお殿様にお会いすることともでき、会の方々に見送られて帰路に着いた。何から何まで播州姫路の黒田武士顕彰会の方々にはお世話になったことが何よりも嬉しく帰りの新幹線の中では皆一様に感激感動の様子でした。いつの日にか中津で黒で武士サミットが開かれることを記念しつつ感動の日々を終えた。皆様中津の代表としてとても活躍してくれました。本当にお疲れ様でした。  

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