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11月1日、博多に母里太兵衛の跡を訪ねて行きました。まず博多駅前の黒田武士母里太兵衛像。碑文を読むと1596年(文禄5年)正月伏見の福島正則邸にて名槍日本号を呑み取ったこと、博多ライオンズクラブCN5周年記念事業として建立されたとありました。さすが博多LCです。つぎに母里太兵衛のご子孫である母里忠一を訪ね、いろいろお聞きしました。面白かったのは呑み取ったあと、日本号を担いで陸路を避けて(陸路だと正則の領地安芸を通ると奪い返される恐れがある)すぐ海路を船に乗り豊前中津に向かったそうです。以来中津の家に家宝として飾っていたそうですが慶長の役ではその日本号で大活躍をしました。1600年の関が原にて長政公が戦功をあげ筑前博多52万石に移封されるまでの5年間は中津の自宅に置いていた事になります。母里氏には資料を沢山戴き感謝。次に西公園の銅像を見その後、市立博物館に現存する本物の「名槍日本号」の実物に感激のご対面をしました。倶利伽羅紋のそれはそれは本当に素晴らしい槍でした。その後一路嘉穂町の母里太兵衛の墓を訪ねました。こじんまりとした墓でしたが気品のあるいいお墓でした。一日実りあるいい日でした。今後は博多黒田節共々豊前中津の黒田武士の舞がもっと人口に膾炙されるようにアピールしていけたらいいと思います。そして中津に来た多くの観光客の方々に名物「鱧しゃぶ」を召し上がりながら勇壮で端麗な豊前今様「黒田武士」の舞を見ていただければと思います。多くの市民の方に「名槍日本号呑み取りの里 豊前中津の黒田武士」が中津市の宝となって愛されて欲しいと思うものであります。このの踊りは上品で勇壮で見せ場のある本当に素晴らしい踊りです。ぜひ多くの方が踊りを覚えて何かにつけて踊りを披露して欲しいと思います。また、母里太兵衛についてご存知の方、資料をお持ちの方お知らせくだされば本当に嬉しいと存じます。よろしくお願いいたします。
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