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'50〜60年代、局・阪急・南海の3社局間で6号線計画を巡り
様々な駆け引きがあったのは事実ですが、'80年代の天下茶屋延伸計画に際し
'90年代の延伸開業後もさすがにフリーゲージトレイン採用等の検討はされていませんし、
一貫して南海に改軌する意向は全くありませんでした。
6号線計画時に3線軌なども検討されましたが、当時の運輸省が標準軌・1500V架空線と
仲裁で決定したため南海が乗り入れを断念したという経緯です。
各社の思惑もあり、複雑に事情が入り組んでいます。
'80年代に構内配線を決めるに当たって、現行の天下茶屋1RTを阪急負担にて設けました。
これは阪急が関空アクセスのため河原町〜天下茶屋で直通特急を運転させたいという
意向があったからです。構造物は高架・地下とも南海設計による一体施工だったので
3社局間の調整が必要でした。
東検天下茶屋分室となるX・Y・ZRTは南端が東へ曲線を若干描いております。
これは'70〜80年代初頭の審議会答申に盛り込まれた天下茶屋〜杉本町〜中百舌鳥延伸に
対応させるための設計です。よって留置線部から南海高架線へのアプローチは
全く念頭にない構造となっています。
南海本線の複々線は連続立体交差事業の前より存在しており、
戦前から歴史のある設備で関空アクセスとは関係がありません。
複々線南端の住ノ江から石津川付近まで線増用の敷地が戦前より確保され
近年は切り売りされていますが、今でも確認することができます。
'60年代の構想では6号線直通で天下茶屋〜岸ノ里(当時)を
3複線とする答申も出されていました。
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