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こんにちは。再びお邪魔します。
少し古いネタで、もう既にTOMOさんもご存知だと思うのですが、9・11テロ事件を、「マトリックス」の世界設定と関連させて論じた、スラヴォイ・ジジェクの有名な論文がありますが、TOMOさんはどのような感想をもたれましたか?
まあ、このことは基本的に政治の世界の話で、このサイトの趣旨からは外れてしまいますが、いちおう「マトリックス」に関連する話ということで。
■スラヴォイ・ジジェク「現実界の砂漠にようこそ!」(村山敏勝訳『現代思想10月臨時増刊 2001 vol.29-13「これは戦争か」』青土社)
http://art-nomad.net/modules/bwiki/index.php?cmd=read&page=Philosophy%2FWelcome%20To%20The%20Desert% 20Of%20The%20Real
■原文(Slavoj Zizek 「Welcome To The Desert Of The Real」)
http://www.lacan.com/reflections.htm
この論文でジジェクが言っているのは、よく言われているような「これまでアメリカ社会とその住人たちは、高度消費社会の中で、ハリウッド映画の中の世界のようなリアリティーを欠いた幻想的な生を生きていた。しかし、今回の凄まじい9・11テロによって、人々はその幻想の世界から、否応無く”凄惨な現実の世界”へと入っていかざるを得なくなった。」というような単純な主張とは違って、もう少し複雑な理論を展開しています。
以下、引用。
>ウシャウスキー兄弟のヒット作『マトリックス』(一九九九)は、この論理のクライマックスである。人々が見、体験しているまわりの物質的現実はヴァーチャルなもので、誰もが接続している巨大なメガ・コンピューターによって生み出され、調整されている。主人公(キアヌ・リーブス)が「ほんとうの現実」に目覚めると、見えるのは焼け落ちた廃墟ばかりの荒涼とした眺め──世界戦争後のシカゴの残骸である。抵抗運動のリーダー、モルフェウスは、アイロニカルな歓迎のことばを述べる。「現実界の砂漠にようこそ!」。九月一一日にニューヨークで起こったのは、これに似た性質のことではないだろうか。ニューヨーク市民は「現実界の砂漠」に導き入れられた──いっぽうハリウッドに毒されているわれわれは、崩れ落ちる高層世界貿易センタ-ビルの映像を見ても、巨額の制作費で撮られた大災害の息を呑むようなシーンしか思い出さないのだ。
>というわけで、世界貿易センタービル爆破はわれわれの幻想の球域を打ち砕く<現実界>の侵入であったという、標準的な解釈に背を向けるべきだろう。まったく逆に、われわれが現実に住まっていたのは爆破以前のことだった。第三世界の恐怖はありがたいことにわれわれの現実の一部ではなく、(テレビ)スクリーン上の亡霊のごとき幻として(われわれにとっては)存在しているなにかであると思っていたのだ──そして9月一一日に起こったこととは、このスクリーン上の幻想が、われわれの現実(つまりなにを現実として体験するかを決定する象徴的座標)に入ってきたということである。
ついでに、この論文を受けて書かれた斎藤環の記事。
■斎藤環「人格障害者と多重人格者の戦いでは、神経症者に支援せよ」
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/saito/at011203.html
まあ、このサイトの趣旨からはちょっと外れてしまいましたが、話のネタということで。
これに関して、TOMOさんから何か思うところなどありましたら、コメントをいただけると幸いです。
では失礼します。
P・S 下記URLは、わたしのブログです。このサイトの記事を直リンクしてしまいましたが、よろしかったでしょうか?
http://d.hatena.ne.jp/cafe_noir/
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